“TAROイヤー”の目玉『生誕100年 岡本太郎展』開催

“TAROイヤー”の目玉のひとつ『生誕100年 岡本太郎展』がスタート (C)ORICON DD inc.  [拡大する]

“TAROイヤー”の目玉のひとつ『生誕100年 岡本太郎展』がスタート (C)ORICON DD inc. 

 芸術家・岡本太郎氏の生誕100年を記念した企画が各所で行われている中、“TAROイヤー”の目玉のひとつである展覧会『生誕100年 岡本太郎展』の開会式が7日、展覧会場である東京国立近代美術館(千代田区)で行われた。絵画、彫刻、写真、パブリックアート、書籍など岡本太郎の足跡を辿る同展覧会は3月8日〜5月8日に開催される。

 開会式当日は午前中から雪が降る3月とは思えない空模様。加茂川幸夫東京国立近代美術館館長は「天気を見た瞬間“なんだコレは!?”と(笑)。まさに岡本太郎にふさわしい」とあいさつして笑いを誘った。また、開会式に出席した女優の常盤貴子は「すごくワクワクしました。太郎さんの作品は役作りのためにたくさん見せていただいたんですが、見たことがないものもいっぱいあって。構成も楽しかった」と笑顔で語った。

 生前はもちろんのこと、没後も幾度となく“太郎ブーム”が巻き起こったが、同館の主任研究員・大谷省吾氏は「世代によってはバラエティ番組に出ていた“おもしろいおじさん”、また、その当時を知らない若い人たちにはカリスマ的な魅力をもって受け入れられている」と岡本太郎の一般的な評価を分析。今回の展示は世代によって異なる印象を与えている芸術家・岡本太郎の芸術性と革命心を“対決”という構成で紹介し、作品の魅力はもちろんのこと、作品に込められたメッセージを伝える。

 岡本太郎は1911年、漫画家の岡本一平と歌人で小説家の岡本かの子の長男として誕生。1929年に東京美術学校に入学するが中退し、パリに芸術活動に参加し、多くの芸術家たちと進行を深めた。第二次世界大戦中は兵役ののち、1年間の収容所生活を経て復員し、その後さまざまな作品を発表したほか、1980年代にはCMやバラエティ番組にも出演。CMのセリフ「芸術は爆発だ」のフレーズで一躍お茶の間に浸透した。1996年の死去後も養女・岡本敏子さんの尽力により記念館・美術館が開館されている。

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