2016年04月07日 07時30分
知識ゼロでもわかる【経済用語】 “シャープ買収劇”の全貌丸わかり!
3つの経済用語を紹介しつつ、“シャープ買収劇”の全貌を解説していく
日々、新聞やニュースで目にする経済用語。社会人として当然知っているべきものだが、ちゃんと理解している人は意外に少ないのではないだろうか。そんな「いまさら聞けない」という経済用語を時事ネタに絡めて3つ解説する。
今回も前回の『“シャープ買収”を「マンション」に例えて解説!』(https://life.oricon.co.jp/rank_certificate/news/2069094/)に引き続き、大手電機メーカーのシャープと台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業との買収交渉に関連して、「偶発債務」、「資産査定」、「特別決議」を取り上げる。
今月2日にシャープと鴻海がようやく買収契約を結んだが、報道だけでも二転三転あった。まずは、2月25日の合意発表の翌日に暗雲が垂れ込めてきた際のロイター通信の記事を見てみよう。
■シャープ「偶発債務」、鴻海再建案に不透明感 精査結果カギ
「シャープが台湾の鴻海精密工業に対し、新たに3500億円の偶発債務の存在を伝えたことで、鴻海傘下で再建を進めるとしたシャープの計画に不透明感が出てきた」。
前回はこの問題を理解するために、株式会社を分譲マンション、株式が住戸でそこに株主が住んでいると考えた。シャープは倒壊寸前の分譲マンションであり、修繕費用を捻出するために、新たに住戸を増築する第三者割当増資を実施し、これを鴻海に売却することで合意したのだった。
ところが、合意後にシャープが示した偶発債務のリストが大きな問題となった。偶発債務は、現時点では債務ではないが、将来に一定の要件が揃うと債務となる可能性がある「債務の芽」のような事案だ。係争中の裁判で、敗訴すれば賠償金の支払いが発生するとか、製品に不具合があり、場合によってはリコールに発展して費用が発生するといったもの。分譲マンションに小さなひび割れがあり、「現時点では問題がないものの、震度7の大地震に見舞われたら、大きくなるかもしれない…」というのが偶発債務なのだ。
■「資産査定」は十分だったのか?
なぜ、買収交渉の合意後に偶発債務が表面化したのか。ロイターの記事はさらにこう伝えている。「M&Aの専門家の中にも、シャープの姿勢に疑問を投げかける声がある。ある外資系証券の幹部は『資産査定の中で当然、チェックされるべき事がら。第三者割当増資の直前にこんなかたちで(偶発債務の存在が)明らかになる例は聞いたことがない』という。ただ、一方で『鴻海の資産査定の作業に、手抜きがあったのではないか』(別の専門家)との指摘もある」。
資産査定とは、買収先の企業状況を確認してその価値を探る作業だ。分譲マンションを購入する際には、不動産業者から詳しく説明を受けるだけではなく、建物の状況や周辺環境などを自らの目で徹底的にチェックして値踏みをする。企業買収の場合も同じで、財務データはもちろんのこと、工場の設備やブランド力、従業員の能力に至るまで詳細にチェックして、企業の価値を割り出して行く。これが資産査定(=Due diligence)で、専門家が「デューデリ」という略語で呼ぶ、企業買収における最も重要なプロセスだ。売り手であるシャープはしっかりと情報を開示し、買い手である鴻海も入念に実施すべきもので、巨額の買収交渉の合意後に、偶発債務の問題が発生するのは極めて異例で、お粗末なことだというわけだ。
偶発債務は「小さなひび割れで問題ない」と主張するシャープに対して、「さらに広がる可能性がある」と主張した鴻海は、マンションの買値を値切ってきた。シャープとしては増築する株式という住戸を鴻海に購入してもらわないと、資金不足で倒産してしまうため、泣く泣く値下げに応じることとなった。
3月30日に発表された新しい合意内容では、当初118円だった鴻海向けの株式の売却価格が88円にまで引き下げられた。前日の株価の終値130円よりも3割以上も安い「大安売り」で、この結果、第三者割当増資から得られる資金は、1000億円も少ない3888億円にまで減少することになったのである。
■「特別決議」という最後のハードル
ようやく最終合意した両社だが、まだ大きなハードルが残されている。シャープの株主総会における特別決議だ。決算の承認や取締役の選任などは、議決権の過半数の賛成による普通決議で決めることができる。だが、事業形態の抜本的な変更や事業売却などの重要案件、また既存の株主の利益に大きくかかわる案件などでは、3分の2の賛成による特別決議が必要となるのだ。
実は買収が実現した場合に、鴻海が握る議決権比率66%という数字が意味するのが3分の2、つまり特別決議を自分の意思だけで通すことを可能にするために設定されたもの。これによって鴻海は、シャープを分割したり、価値の高い一部の液晶事業だけを分離して、残りを売り飛ばしたりといった、特別決議が必要な案件を誰にも邪魔されることなく実現できることになるのである。
鴻海向けの第三者割当増資についても、既存の株主たちが出席する株主総会での特別決議が実施の条件となっている。もし、「鴻海の言いなりになるのは許せない!」、「売却の株価が安すぎる!」などと、買収案に反対する株主が3分の1以上になれば、全てはご破算になってしまうのだ。
とはいえ、シャープは大幅な赤字を計上しているオンボロのマンションであり、鴻海の提案を却下してしまうと、修繕費用が捻出できなくなり、倒壊(倒産)する可能性が極めて高くなる。その場合、株式は紙くずになり、住民という株主は崩れたマンションの下敷きになって命を落とすことになる。
シャープという分譲マンションの住民総会で、鴻海という新しい住民を受け入れ、その意思に服従する道を選ぶのか…。6月23日の株主総会は、シャープの将来を大きく左右する重要な場となるのである。
記事/玉手 義朗
1958年生まれ。外資系金融機関での外為ディーラーを経て、現在はテレビ局勤務。著書に『円相場の内幕』(集英社)、『経済入門』(ダイヤモンド社)がある。
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